その帝都にするか商都にするかのニ大論争が、明治の前半で行われますが、これは相当具体的な計画をめぐって行われます。
例えば具体的に、限られた資金を使って、一番いい道をどう引くかというときにその説が分かれるわけです。
それを天皇の通る道に引けというのと、経済の中心に引けという両方が出てしまう。
・・・そういう論議がさんざん行われました。
そのときに、商業都市という論議を繰り広げたのが渋沢栄一です。
結局この丸の内もそのラインでつくられるのですが、渋沢、岩崎(三菱)、三井i三井は具体的に益田孝です。
それから安田財閥の安田善次郎、大倉喜八郎、その辺が全部渋沢さんを中心として結束して、東京を経済都市にしろという主張をするわけです。
インテリアのソファー 通販なども行われ、日本の経済都市として機能する現在の東京は、この頃からつくられていたのです。
・・・具体的に、渋沢が考えたのは"築港"です。