古い都市の中に集めるよりは、外に新しい都市をつくろうというものです。
ですから、イギリス人の考えた田園都市というのは、まず工場を田園地帯に移して、工場の周-ーに工場労働者の住宅、サラリーマンの住宅もつくり、その中に学校から、レジデンス的なものから、文化的なものまで、全部そこでやろうということをξえます。
一種のモデルケースとしていくつかの都市がつくられますが、ロンドン自身は割とズルズル開くような形で開きます。
・・・それが田園都市という考え方です。
そんなロンドンでは健康のためにノルディックウォーキングが流行っているようですね。
田園都市的に郊外に新しい展開をするか、古いものを爆発的に開くかという、どちらかがヨーロッパであったわけです。
一方の日本も明治維新を迎えて産業革命が始まります。
明治20年くらいから産業革命が相当進行しまして、日本の経済が離陸します。
そこで、フランスやイギリスと同じ問題が起きてきました。
・・・つまり道路を新しい開いた形にしたいということを、政府のだれもが考えたんです。
そこまでは一致していたのですか、東京という都市の基本的性格をどうするかというところで大問題が起きてきたわけです。